対策と被災の無限ループは断てるか?

 7月3日に発生した熱海の土石流は、引き金となる強い雨が夜間に起こりやすいのに対して、昼間に発生したため、破壊力の映像が非常に明瞭に示されました。地形・地質が土石流を起こしやすかったとか、降雨が特に多かったとか、そういう「なぜ起こったのか」という問題よりも、今回の土石流は、山地渓流の源頭部斜面での崩壊をきっかけにこうした土石流がどこでも起こり得ることを、明瞭な映像で広く一般人に示した警告としての意義が大きいように思います。災害で亡くなる方を何とか減らしたいという観点からみたとき、砂防専門家なら誰でもわかる土石流扇状地上の渓流側の危険地区に建物が密集している現状こそが大きな問題だというべきでしょう。なぜそうなってしまったのかを反省し、今後そういう開発が起こる可能性を断つこと、ここが減災のキーポイントだと思います。
 おそらく、なぜそうなってしまったのかという問題は、自然災害対策だけではなく、原発を含むエネルギー問題、外交と防衛の問題、地球環境問題、感染症対策などに共通する、科学によって得られる知見を基に社会で生じる諸問題を検証する作業の不在・欠如によって発生しているように思います。極端な例として、山本義隆が「リニア新幹線をめぐって」(みすず、2021)で指摘するように、この計画が環境破壊・エネルギー供給。JR東海の経営・日本の将来経済、あらゆる面から否定されるべきであるにもかかわらず、過去・現状・将来のすべてを科学的に分析して行うことなく現実に推進されていることを挙げることができます(静岡県は大井川水源に関して合意しておらず、これは重要なポイントだと思います)。
 論点を土砂害対策に戻すと、土石流で運ばれた土砂を渓流が山の出口にまき散らして作られた扇状地に渓流を極端に狭い流路に押し込むことでその周りに住宅が開発されている実態について、今後は新たには絶対行わないように規制すること、すでにできている住宅は移転して戴けるように補助費を用意するなどの対策を講じる施策が必要だと思います。そうしない限り、対策と被災の繰り返しは無限ループとしていつまでも続いてしまいます。日本人は、実は、無限ループを必然的なものだと認識していて、砂防ダムなどの対策には限界があり、いつかまた被災することは知っているのだと思います。でもしようがない、自然災害は完全に無くすことはできない、そういうものなのだから、議論して何か別の方向を見いだすことは無理だと諦めているのではないでしょうか。この諦観が、何らかの改善をめざす議論を閉ざしていると思います。無限ループは断てる、と考えるべきです。

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