「空気を読む」を深層で支えるメタ空気

 日本人には「多数に同調して反対意見を正しく発言しない」という「同調圧への依存」があると言われます。選挙では与党に投票するという学生に見解を聞いたところ、「政権を担う与党に反対票を投じたら、多数の意見に逆らうような結果が生じかねないので、自分の意見を投票に反映させることは避けたい」と言うような回答があったとの大学教員のtwitterを見たことがあります。そこには、自己の意見を主張することでもたらされる結果の不確定さに比べて、多数に同調していればもたらされるであろう結果が「まだましだろう」という、無意識ながらも楽天的な心理が潜んでいるように思います。こう言う傾向は、日本では少なくとも特殊ではないように思います。というのは、世論調査で、「五輪を中止・延期すべき」ととの意見に同調するのにもかかわらず、五輪開催を当然とする自民党を支持する、そういう人が相当の割合で存在することから推測できます。つまり、みずからは中止・延期が妥当だと思っても、他党よりも支持する割合が多い自民党に同調しているほうが、「中止・延期したとして、事態をいったいどう収拾するつもりか!」と突き詰められるよりも「楽」だからだと思うのです。これは、トランプ岩盤支持者の「何が何でもトランプに反対する奴らは敵だ!」と信じる心理とはおそらく異なった、日本人の特徴なのではないでしょうか。
 なぜこのように多数に同調する傾向が強いのか?これは、日本が島国であるため、個々人に対しては非常に残酷な仕打ちが為されてきたにもかかわらず、言葉や習慣の異なる民族と間での戦争の経験が比較的乏しいことが、大きく関係しているのではないか、と推測します。血なまぐさい戦争ばかりが繰り返されてきた中国や欧州の歴史とは違い、日本では、神功皇后や豊臣秀吉の朝鮮出兵など周辺国との戦いがあったにしても、周辺国からの侵略、周辺国への侵略が継続的に存在していたわけではありません。中国では、負けたら虐殺されたり奴隷にされる恐れが明確に存在するという、こうした民族相互の緊張関係が続いてきた歴史があります。日本でも、古くは出雲神話などから推測される縄文人と弥生人の戦い、江戸時代以降もアイヌや琉球など言葉や習慣の異なる他民族の征服などを行いましたが、住民が奴隷にされる恐怖が現在の日本人の深層に影響を与えているとは言えないように思います。私は、中国共産党政権によるチベットやウィグルや香港の弾圧政策には、他民族との「食うか食われるか」の相互緊張関係が深層意識として今も続いていることを感じます。
 日本では、その血統の正当性は怪しいにしても、天皇制が長く続いてきました。中国では、皇帝が天命によって官僚組織を束ねて国民を支配しても、天命を失った場合には王朝が交代するのが当然という歴史だったのですが、日本は実質的な権力の有無にかかわらず、天皇は国の安寧を祈る、という立場を失うことはありませんでした。最近、大澤真幸さんと木村草太さんが対談した「むずかしい天皇制」(晶文社、2021)を読みました。ここでは、主に大澤さんの見解(同書324-240頁)をベースに、日本におけるこうした歴史的事実と「同調圧への依存」との関係を基に、「新型コロナ禍での五輪開催への天皇の憂慮」の意味を考えゆきたいと思います。

 天皇をいただいた長い日本の歴史の中で、国民と周辺国の多大な犠牲が強いられた先の大戦の悲惨さは、やはり特筆すべき歴史的事実と言うべきでしょう。1941年に太平洋戦争が開始されて以降だけを考えても、初頭の戦果の後に強いられた圧倒的な戦力差による敗北、早くも1942年に東京の尾久で始まった空襲の各都市への拡大、ガタルカナル島など各戦地での将兵の感染症と飢餓による全滅、沖縄地上戦での民間人への集団自決強要など(2021年現在、これらの事実の認識が内政・外交を考える上での前提であり、歴史修正主義は絶対許されるべきではありません)、何度も敗戦を決断すべき悲惨な戦況が生じたにもかかわらず、大日本帝国政府は自国民を見捨てる方を選び、敗戦決断をしませんでした。戦況を熟知していた政府のメンバーの多くは「負けるに違いない」と腹で思っていたにもかかわらず、政府の空気は「一億玉砕、最後まで戦う」で統一されていましたから、多数に抵抗して「敗戦」を主張したら反日・非国民とつるし上げられることが明らかで、正しい判断の逆方向にしか進んでゆかない悪循環があったのです。では、広島と長崎に原爆が落とされた後、昭和天皇の玉音放送が公表されて敗戦がもたらされたのはなぜでしょうか。もしこの決断が少しでも延ばされたら、本土及び朝鮮・台湾・南樺太などで武器を持たない民衆が沖縄と同じように正規の軍隊と戦闘させられたうえで自害を強要され、数百万人がさらに犠牲になった可能性があります。逆に、少しでも早く決断していれば、膨大な数の尊い命が奪われなくて良かったかもしれません。
 この歴史的事実は、同調圧への依存性から超越した存在であることを帝国憲法によって制度的に位置づけられた天皇がその役割を行使するタイミングがこの時点であったことを、結果的に意味しています(その時点以外にはなかった、とも言えそうです)。戦況の悪化、将兵と民間人の辛苦を十分把握していた昭和天皇は、なぜもっと早くこの役割を行使しなかったのでしょうか。これは難しい問題ですが、天皇は、立場上、いかに空気を読むという「同調圧への依存性」から自由であったにしても、一億玉砕の空気に対して、このままではさすがに国が滅びかねないとの空気のほうが上回ったっことを確認できてはじめて、やむをえず敗戦を決断するほかはない、明晰な頭脳をもちかつ現実主義者であった昭和天皇は、自己の役割を慎重に見極めていたと推測されます。
 この昭和天皇の自己認識は、木村さんとの対談「むずかしい天皇制」の中での大澤さんが述べた次のような天皇のあり方に対応するものだと思います。すなわち、「天皇は最後に判断することが重要なのです。・・(中略)・・天皇こそが空気の存在の究極の条件で、天皇の判断と空気とが同一であることが先験的な前提になっているからです。・・(中略)・・天皇が自分のきわめて独自の見解などをいい始めて、日本人の空気とまったく一致しなかったら大混乱なので、普通は、空気がほぼ見えてきたところで、天皇も『実はそう思っていた』というかたちにしなくてはならない。」(328頁)、「社会学的に見れば、天皇制は、空気があるという空気を作っている。いわば『メタ空気』ですね。」(332頁)と述べています。「メタ空気」が存在する究極の条件が天皇であるというわけですが、言い換えると、「国民は、天皇制が未来永劫続いてゆくとの『メタ空気』に支えられており、代替わりしてもいつまでも存在し続ける天皇が最終判断してくれるので、国民は決定的な判断はしなくて済む。だから、現実の空気に疑問が感じられたとしても、その場に参加している多数が支持する空気に安心して同調していれば良い」と言う幻想が支配的になるのだ私は思います。
 会社や官庁などの組織では、さまざまな事業計画が進められますから、わざわざ、天皇が最終決断するようなメタ空気に支えられて判断が進むなどと「たいそうに」言わなくても良い、と思われるかも知れません。しかし、例えば、JR東海が「リニア新幹線」を作るという事業計画を考えたとき、東海道新幹線でため込んだ莫大なもうけをこの事業につぎ込んで今後少なくとも半世紀程度の期間の会社経営は健全に維持できるのか?地殻変動帯で隆起し続ける中部山岳地帯を貫く長大トンネルの中で必ず発生するはずの地震に際する事故への対応は十分と言えるのか、化石燃料枯渇・原子力発電の安全神話崩壊の中で、鉄道に比べてエネルギー消費の大きいリニアモーターシステムは妥当か、そもそも水と緑に恵まれた日本の美しい環境をこれ以上破壊しても将来の世代に対して後ろめたさはないのか、など、この事業にはJR東海という組織と国民一般の両方に負荷を与える問題点が数多く存在します。ではなぜ中止しないのでしょうか。これまで、鉄道・道路・新幹線・高速道路という交通網の整備においては、より早く、より便利に、目的地に到達できることが目的とされてきました。それにともなう環境破壊、速達化による人口集中と過疎化の加速などは、考慮されたかもしれませんが、これらのマイナス要因によって事業が中止されたことはありませんでした。ですから、いかにリニア新幹線にマイナス要因が含まれていても、「いや国がつぶれるようなことはないから、万一JR東海が経営難に陥っても最終的には税金で助けてくれる」という安心感が共有されていて、JR東海や政府の会議では、その空気に逆らってまであえて中止を持ち出すような主張が出現するはずはないのです。事業計画を構成する部分計画は膨大な数がありますが、リニア新幹線事業を進める方向へ流れてゆくほかはない、というわけです。
 ところが、JR東海を担う幹部も政府を代表する首相も年を取って死亡し、どんどん人が代わってゆきます。したがって、この安心感をあたえる空気には、実は、何の合理的な根拠がありません。しかし、やっぱりこの空気にしたがう安心の幻想は共有されています。なぜなら、「代替わりしてもいつまでも存在し続ける天皇がその最終判断するので、国民は決定的な判断はしなくて済む」、さまざまな空気をさらにメタ空気支えるからではないでしょうか。宮台真司さんがいつも話されているように、泥船での座席争い(椅子取りゲーム)は、泥船が沈没することを運命付けられている以上、座席争いは、沈没を回避することにはなりません。座席争いは、メタ空気に支えられた安心という共有幻想をもつもの同士が場の空気を読みつつ行う「結果を意識しない単なる遊び」です。泥船が沈没ぎりぎりになってはじめて、完全に沈没するか、悲惨な状況ではあってもはい上がるか、という最終的な選択が生じ、はい上がるためのぎりぎりの方法が何とか見いだされて、それが大方の空気に成長してきたとき、天皇は、「実はそう思っていた」ということで何とか最悪の事態を回避し、泥船が沈没せず(泥船そのものの比喩では泥がバラバラになって水に沈むのですが、危ういところでそうはならず)、再び泥船が再建されて復活してくると同時に、その泥船を支える天皇制が継続してゆくのだと考えられます。

 以上、「同調圧への依存性」について、空気を読む同調の深層に「破滅には至らないというメタ空気」が存在し、現実に、昭和天皇が敗戦時にそのメタ空気を言語化する役割を演じたこと、戦後社会においても、同様の構造が存在していることを述べてきました。戦後には、現在までには、敗戦時ほどの破滅状態は起こらなかったとみてよく、2011年の原発事故においても(もちろん過酷事故であったわけですが)、偶然にも、東日本破滅とまでには至りませんでした。大地震・大津波は予見できたにもかかわらず、原発事故を防ぐことができなかった経過を顧みると、過酷事故は起こらないとの楽観的見解に専門家は異を唱えることがなかったわけで、同調圧への依存性が戦前と同じように機能していることがわかります。しかし、そうであっても、戦争と自然災害はいずれも潜在的に国の破滅をもたらす要因であることは間違いないでしょう。ですから、上皇が熱心に取り組んだ「慰霊の旅」や「被災地慰問」は、深刻な危機に直面した多くの国民に安心感と天皇への感謝をもたらすことを通じて、「破滅までには至らない楽観性の確信」というメタ空気を持続させる効果があったと思われます。
 さて、昨年2020年になって、こうした確信が脅かされる、戦争や自然災害以外の「新手の危機」が新型コロナ感染症として出現しました。この感染症拡大と平行して進行した、安倍政権から菅政権にかけての最も重要な政治課題は、安倍前首相が積み重ねてきた森友・加計・桜前夜祭・河井への資金供与など、数々の政治行政の私物化に対する国民の批判をごまかすことでした。いかに楽観的な空気に従順な国民ではあっても、下手をするとその空気が「なんぼなんでも私物化がひど過ぎる」という方向へ風向きが変わることが危惧されるようになりました。これを避けたい前首相は、みずからの任期内に行うという私的な目的にとらわれて、何の科学的根拠もなく五輪を一年延期しましたが、賭け麻雀での検察人事失敗によって持ち上がった違法行為訴追の恐れ、コロナに対する愚策・無策の露呈など、本人にとっては意外だった「空気の変化」に直面して一切の責任を放棄して退陣・逃亡せざるを得なくなりました。検察によって前首相が訴追される破滅的事態を回避したい与党は、パワハラによる人事操作以外に何の取り柄もない菅官房長官を首相にし、五輪の熱狂によって責任を水に流す作戦を立てました。検察は政権・国民それぞれの意向とみずからの組織を守る面子とをバランスにかけ、空気の流れを慎重に測りながら、前政権を訴追するかどうか検討を続けています。菅氏は何の哲学もなく首相をやらされているだけですから、国民や与党や検察の動向を横目で見ながらいやいやながら行動する結果、新型コロナ対策などの政策実行でどうしても後手後手に回ります。ただ、五輪熱狂よって政治・行政の私物化をごまかして検察訴追を逃れるという、首相を引き継いだ根拠そのものには固執し、「さすがに責任を取るべきではないか」という空気が国民の間に浮上しないよう、菅氏は彼なりに必死で絶望的な努力を続けています。官僚はその空気を読んで動いていることが、野党合同ヒアリングなどを見るとよくわかります。

 長くなりましたが、そろそろ結論に到達しないといけないでしょう。このような五輪前の感染拡大の状況の中、西村宮内庁長官は、6月28日の記者会見において、「天皇陛下は現下の新型コロナウイルス感染症の感染状況を大変ご心配しておられます。国民の間に不安の声がある中で、ご自身が名誉総裁をお務めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察しています。」と発言しました。安倍政権が皇室監視のために送り込んだ単なる警察官僚である宮内庁長官は、天皇の明確で強固な憂慮表明があったからこそ、五輪成功を唯一の神風として政権を維持しようと企んできた(毎日のように不祥事が発覚して企みは風前の灯火ですが・・・)菅政権に逆らって、このように発言したに違いありません。もし、多くの国民が五輪開催を心待ちにしていている従来の空気が継続している、と天皇が認識しているなら、絶対にこのような憂慮発信はするはずがありません。大澤さんは、先に引用したように、「天皇が自分のきわめて独自の見解などをいい始めて、日本人の空気とまったく一致しなかったら大混乱なので、普通は、空気がほぼ見えてきたところで、天皇も『実はそう思っていた』というかたちにしなくてはならない。」と言っていましたが、これをあてはめると、宮内庁長官発言は、「実は天皇も国民と同様そう思っているのだよ」というための「伏線」なのだと理解できます。
 単なる私の推測に過ぎませんが、この宮内庁長官の発言は、上皇の強い意思を反映していると思います。「天皇は、みずからが象徴とされていると認識している国あるいは国体は未来永劫継続し、その永続性を代替わりしても代表する『メタ空気』そのものでなければならない」と上皇は、昭和天皇の遺志を受け継ぐ形で考えてきたと思います。慰霊の旅や被災地慰問は、過去に犠牲になった霊をなぐさめたり、苦労された方を励ましたりすることだけを目的とするものではありません。今後起こりうる類似した危機において、それはたいへんな事態ではあっても、天皇が最終決断を行うことで乗り越えられる、回復できる、結果的に現在のメタ空気はその後も継続する、という国民に対する「象徴としての」宣言なのだと思います。ですから、予想できる五輪を通じた感染症拡大の事態に際して、国民多数がそうなるのではないかと危惧する空気が充満してきて、私物化と無策を特徴とする安倍・菅政権に従順な空気の流れがずれ始めている、その空気の変化を上皇が認識し、頼りなさが拭えない現天皇に対して、天皇のメタ空気としての役割の意味を、この「コロナ禍の五輪」の問題を通じて、教授したと考えられるのです。それが先代から当代に伝達できたのは、よく考えてみると、上皇がすでに生前退位していたからこそでしょう。聡明な上皇はまさにこの事態(新型コロナとは限らない起こり得る国家的な危機)を予見できたからこそ、皇室典範に背いてでも、どうしても生前退位しなければならなかったのです。確かに現天皇は上皇の象徴としての仕事を見て育ちました。しかし、先の大戦での物故者への慰霊、災害被災者の慰問、その重要性が伝えられたとしても、将来起こり得る危機を予測して今為すべき「メタ空気」としての天皇の役割を直接教える具体的な機会はなかったのではないでしょうか。天皇制と国体の継続における最も根幹となっているメタ空気の意味、これは昭和天皇から上皇に対して、敗戦というあまりにも巨大な事態を通じて、はっきりと伝達されました。しかし、上皇にとって息子にその意味を伝達する危機的な事態はこれまでなかったわけで、先の生前退位宣言と今回の宮内庁長官の発言事実は、こうした上皇の覚悟を示すものだと解釈されます。
 最後に強調したいのは、その上皇が現天皇に伝達するものが、天皇制であり、国体であることです。結果的に、空気を読んで多数に同調する日本国民の特徴は維持され、その空気を読んでいいのだよ、という安心感・楽観的な幻想は、天皇制というメタ空気によって、国民の間に共有され続けるということになります。宮台さんの言い方だと、泥船での椅子取りゲームが繰り返される、リニア新幹線の例で言えば、馬鹿げた事業計画でもその問題点を正当に点検されず惰性で進行してしまう、ということを示唆しています。しかし、決してそれで良いはずはないのです。それはどこからどうして変化させることができるのでしょうか。この問題は、あらためて考察したいと思います。

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