原生林は人工林・里山に比べて山くずれを起こしにくい

 山くずれ跡などの裸地では、まずコケや草生えますが、明るいところを好み速やかに大きく育つマツ(主に常緑針葉樹)やコナラ(落葉広葉樹)などの陽樹が成長して森林が成立します。その後、地面に日射が届きにくくなる暗い条件でもゆっくり育つ陰樹(暖かい地方ではシイ・カシなどの常緑広葉樹林、寒い地方ではブナ林)に取って代わられ、極相という安定した成熟林となります(植生の遷移)。こうした極相林は、生物種が多様で樹木の年齢もさまざまですから、それら多くの生物種全体の生命力によるレジリエンス(環境変動に対する回復力)が大きいので、人間によって長く利用されてきた里山などの二次林などの生態系や樹木の年齢が同じスギやヒノキなどの人工林に比べて、たしかに山くずれが起きにくいと考えられます。
 こうした植生遷移があるのですが、山地から流出する渓流で石を採取して分析した地形学の研究から、森林でおおわれた斜面の土は千年の間に数十cmから1mほど侵食されて流出してくることがわかっています(松四雄騎先生の研究)。はげ山では侵食量が千年で10mくらいにもなり、毎年同じように1cm(=10m/1000年)の厚さの土が流れ出てくるのですが、森林斜面では、千年に一回程度、大雨の際に山くずれで一気に土が流出するわけです。ただ、プレートテクトニクスに基づき、山体はちょうど同じ程度隆起していますので、岩盤が風化してできる土が侵食されても、山が低くなるわけではなく(はげ山は低くなるのでしょうね)、岩盤から新しい土ができては流され入れ替わってゆくということになります。

人間の長い森林利用の歴史を受けてきた土壌層を植林などでで急に変化させることはむずかしい

 このように、人間の手がはいっていない極相林でさえ、山くずれがたまに起きるわけですが、里山や人工林では、極相林に比べてどのくらい山くずれがより起きやすくなるのか?が問題になってきます。その場合、現在斜面をおおっている土壌層は大昔に起こった山くずれで裸地になったときから、だんだん発達してきたもので、必ずしも今生えている樹木が作ったものではない、ということが重要です。
 里山を考えてみましょう。例えば室町時代に山際に人が住むようになり、裏山から材木やたきぎを取ってくるようになったとします。極相の原生林はコナラやアカマツなどの二次林に変化し里山が成立しますが、岩盤が風化して土となるときに窒素・燐酸・カリなどの養分が供給されますが、それよりも、村人が運び出す養分の方が多いので、土壌はやせてきて森林も貧弱なってきます。花崗岩のような土が砂質で流されやすい場合にははげ山になってしまうのですが、中古生層など他の地質の場合はそこまでは至らず、森林と土壌がなくならず、村人の暮らしを支えてきたということになります。

 戦後復興を成し遂げ高度経済成長華々しい1960年代には、プロパンガスなどの化石燃料利用が急激に進み、村の生活は大きく変化します。高く売れたスギ・ヒノキが奥山にも里山にも植えられ、過疎化も起こってきました。里山は利用されなくなり、樹木が生長し、徐々に養分が蓄積されて極相林への移行という長い旅が始まります。暖かい地方では、すでに照葉樹林への移行が進んできているようです。でも、土壌が原生林に戻るには何百年もかかると推測されます。

 こうした経過をふまえると、山地斜面での土壌層は、人間の利用があろうがなかろうが、以前起こった山くずれの後、数百年かかって再生してきたもので、そのうちいつかは大雨の際にまたくずれる、これは間違いがないと考えられます。したがって、新たに樹木を植え替えるようなことをして山くずれを起こしにくくする、これは非常にむずかしいといえると思います。では、森林の取り扱いは山くずれと無関係なのでしょうか。

山くずれを今より起こりにくくすることは困難だが、今より起こりやすくならないための方法はある

 樹木の根が山くずれを起こしにくくすることはよく知られています。根が深く伸びて岩の割れ目にささりこむようになる、それがつっぱりになって土壌層がすべりにくくなります。けれども、根の多くは表面付近に広がっていて、岩盤まで深く伸びている根のは少なく、深いところでは根はまばらになるので、本当に根が山くずれを防ぐのか、不安になってきます。しかし、山くずれが起こった後、長年かかって土壌層とその上の森林が再生されるのは、樹木の根があるからで、いったんはげ山になると、土が毎年流されていつまでもはげ山のまま森林が回復しません。土壌表面近くの根が土の粒子を「のり」でつなぎとめることができてはじめて、土がくずれないいで土壌層が厚く発達してゆけると考えられます。

 信州大学名誉教授の北原曜先生は、土壌表面近くの根がちぎれることでを樹木の根を引っ張る実験により、どの種類の樹木の根が切れやすいかを調べました(北原論文)。その結果、スギ・ヒノキは多くの広葉樹と同様の強さがあり、アカマツやカラマツなどのマツ類が切れやすいことが明らかになりました。この傾向は、先に述べた植生遷移の経過から合理的に理解することができます。つまり、マツが大きくなって繁った葉によって地面が暗くなると、陽樹なので自分の落としたマツカサの中のタネが芽を吹いても枯れてしまい、次世代は陰樹に取って代わられます。これを阻止するため、陽樹が成長しやすい裸地を生みやすい性質を進化の過程で獲得してきたのだと推測されます。裸地を産み出す山火事を招きやすいマツヤニももっているのをみても、進化過程でマツ類はしたたかな生存戦略を獲得してきたことを感じますね。

 また、スギやヒノキを伐採しますと、根は徐々に枯れて「のり」の役割が減少してゆきます。なので、植林をしてもその木が大きくなるまで根の力が回復せず、山くずれが起きやすくなります(北村・難波論文)。さらに、最近はニホンジカの食害が広がり、苗木が食べられてしまい森林が回復しにくくなり、根の力が低下したままになりかねません。
 ですから、森林伐採することは山くずれを起こしやすくすることですし、他の樹種に比べてマツ林は山くずれを起こしやすいと考えられます。つまり、「人間の手で山くずれを起こりにくくすることはむずかしいが、下手な管理をすると山くずれが起こりやすくなってしまう」ということになりそうです。木材や紙などの資源を得るために森林を伐採する場合には、再び森林が再生されるようにすることがきわめて重要だということは強調したいと思います。また、マツ林が山くずれを起こしやすい特徴がある研究成果から、「森林は人間に都合の良い山くずれ防止材料ではない」という「いのちのいとなみ」を学ぶことができます。樹木が急斜面上で生き続けるためには根によって土壌層を固定する必要がある、これはどの樹種でも共通しているのですが、マツ類は陽樹であるため、裸地で他の樹種よりも早く大きくなり、根をちぎれやすくすることで山くずれを起こしやすくして、広葉樹やヒノキなどの陰樹にとってかわられるのに対抗する、そういう生存戦略をも合わせもっている、と推測されます。わたしたちにできることは、そういうマツの戦略を科学研究によって知ることにより、山くずれの頻度を減らすように工夫することだろうと思います。乾燥した尾根などマツしか生えないところもありますからね。

 以上のことから、どのような木を植えたとしてもすぐに山くずれを起こしにくい森林にすることはむずかしい、けれども、今の森林がより山くずれをおこしやすくなることをできるだけ食い止めることが重要だということがわかります。さらにいえば、ひとつの斜面で山くずれを起こすことが数百年に一度程度であるのは根によって土壌層を固定している森林が存在しているからだということ、同じことですが数百年に一度は山くずれが起こること、この原理をよく理解したうえで、わたしたちの生き方・住み方を考えて土砂災害を減らすことがたいせつです。当然、大雨の際の早めの避難が必要ですし、危険と予想される場所の開発を控えることも重要です。林業などの森林伐採をともなう経済活動においては、とくに危険な場所での伐採を禁止するなどのゾーニングも欠かせないと思います。