まっくらな荒廃人工林による乾燥土壌の保水力の低下 

山地に雨が降り始めると、 まず、渓流周辺、林道、踏み跡など土壌に雨水が浸みこみにくいところで地表面流が発生します。また、ミミズやモグラの穴、根が腐った跡などを通って土壌が乾いていても雨水が土壌層の深くまで雨水がバイパス流として速やかに達します。さらに、木の幹を伝って雨水が集中的に流れ落ちるので、その水は地表面流バイパス流を大きくすることがわかっています。その他の雨水は乾燥した土壌を湿らせるのに用いられて「乾燥土壌の保水力」(ココを参照ください)としてはたらき、(土壌に貯留された水は無降雨期間の流量や植物が光合成する場合に必要な蒸散に使われます。詳しくはココ)、渓流の流量をすぐに増加させることはないのですが、地表面流・バイパス流はただち渓流に達して流量を増加させます。
 筑波大学の恩田裕一先生をリーダーとする観測研究によると、間伐を行わず地面がまっくらになったヒノキ人工林では、下草がなく土壌表面が裸出しているので、間伐の行われた人工林や広葉樹天然林などと比べ、地表面流がはるかに発生しやすいことがわかっています。間伐をして日射の一部が地面に届くようにすると下草が繁茂し、雨水の浸透が促進されますから、渓流の流量増加はずっと小さくなるわけです。
 ところが、降雨が100mm、200mmを超えて大雨になってくると、土壌層はほとんど湿ってしまい、バイパス流ではない土壌層での流れが渓流の流量を増加させるようになってきます。その後、例えばさらに100mmの雨が追加されると、土壌はすでに湿っているので、乾燥土壌の保水力は限界に達し、流域全体に降った水量(100mmの雨量に流域面積を掛けた量)が渓流に出てくるようになります。恩田先生の本(78-79ページ)にも、「大規模降雨イベントにおける流出波形やピーク流出量では、小規模降雨以ベンド「でみられた流域植生の違いによる流出の違いほど、明瞭な流域間の違いは見られない」とあり、間伐遅れのヒノキ林の流域と広葉樹の流域が、どちらも大きな流量になっていることが説明されています。こうした観測結果から、「土壌層が飽和して地下水面が地表面に達すると地表面流が発生するので、森林の保水力は消えてしまう」という主張がよく見られます。でもその主張は、「湿潤な土壌が地下水飽和を意味するのではない事実」を見逃しています。

大雨になってからもはたらく湿潤土壌の保水力

 こうした観測結果は、森林の手入れ・管理に工夫してみても、大雨の場合における川の洪水流量を減らすことはできない、との結論につながるように思われます。だが、ちょっと待ってください。
 大雨になると、山の森林状態が、間伐遅れのヒノキ林、間伐したヒノキ林、広葉樹天然林、どれであっても、雨量に流域面積を掛けた水量が川へ流出します。それはその通りなのです。しかし、流量の時間変化は、速やかに流量が増加して大きなピークを作る流域、緩やかに流量が増加して低いピークを作る流域では、氾濫による水害が異なってきます。公共事業で造成する治水ダムを考えていただければすぐわかるように、流入量と放出量が同じであっても、貯留量変動を通じて川の流量の時間変化をなだらかにしてピークを低くすることは、水害を減らす重要な機能です。斜面上の森林土壌層は大雨の際に地下水で満たされて飽和するのではなく、土壌は湿潤ではあっても不飽和で、降雨の時間変化をなだらかにするはたらきが残っています(毛管力の強いサイズの小さな間隙は水が吸引されていますが、団粒構造の土壌に含まれる大きな間隙には、毛管力が弱く水がはいっていません)。私はこのはたらきを「湿潤土壌の保水力」と呼んでいます。図をみていただくと、土壌層の厚い南谷は、うすい北谷に比べ、雨量は同じでも、流量の時間変化がなだらかでピークが低くなっており、湿潤土壌の保水力が大きいことがわかります(詳しくはココを参照ください)。実は、上にかかげた写真にある滋賀県のヒノキ林の急斜面では、滋賀県環境科学研究センターによって土壌水分や斜面下端からの流量の観測が行われており、かなりの大雨でも地表面流ではなく、主に土壌への浸透が流量増加をもたらしていることがわかってきています。
 もし、ずさんな森林管理で木材収穫のために伐採して植林もせずに放置したとします。伐採した樹木の根が腐り、繁茂する植生をシカが食べることで、森林が再生できずに新たな根が育たない、そういう経過があると土壌は徐々に侵食されたり崩壊したりしてゆきます。土壌層はうすくなり、湿潤土壌の保水力が低下してゆきます。だから、そうならない丁寧な森林管理が必要なのです。

水害被害を減らすための森林管理

 大雨は地球活動のひとつである水循環によって必然的に起こります。人間は、治水工事を繰り返し、氾濫の頻度を減らして農地や住居を造成してきたのですが、水害を完全になくすことはできません。プレート移動によって発生する地震や人類と共存するウィルスによって起こる感染症と同じように、地球上で生きるということは、完全に制圧できない自然にどのように付き合ってゆくことのはずです。それを十分認識したうえで、誰かが極端に困るようなことのない、利害の調整に議論を尽くした流域治水計画が重要だと思います。少なくとも、自然を理解せずに自然を征服するような計画をするべきではありません。
 森林管理で水害がなくなるわけではないですが、水害を減らすための森林管理方法はあります。しかし、間伐によって乾燥土壌の保水力を高めるのはいとしても、それだけに焦点をあてるべきではないと思います。森林状態を現在よりも悪化させず、湿潤土壌の保水力を低下させない長期的な努力が、今は最も重要だと私は思います。