日常生活蹂躙の責任を終戦記念日に考える

 終戦記念日につらつら考えますと、戦後のすべては、昭和天皇とマッカーサーとのボス交(多くの関係者のいないところで最高責任者だけでものごとを決めること)で決まったように思います。原爆を含む無差別爆撃を通じた日本国民への米国の加害責任、中国・朝鮮等の人々に被害を及ぼした大日本帝国軍隊の責任、それらすべてを免責することで、日本のソ連による侵攻を防ぎ、経済復興を獲得できました。その最大の貢献者は、政治関与を否定されていたはずなのに、昭和天皇だったと思います。その言うに言われぬ苦渋を昭和天皇は死ぬまで抱え込んでいたはずで、貴重な記者会見の機会では、「日本国民の苦しみはやむを得ないことで、復興に貢献してくれた米国に感謝する」としか答えられなかったのですが、心の中の苦しみたるや想像に絶するものがあったのではないか、と推察されます。その昭和天皇の手のひらの上での戦後で良かったのかどうか、それが問題です。
 昭和天皇の苦しみによって守られた日本は、米国の日本国民に対する、大日本帝国のアジア各国民に対する、いずれも残虐な仕打ちを、現在に至るまで精算せずにきている、そうした現状を結果的に産み出しています。大日本帝国を支えたことへの反省もなく、米国に反省を迫る立ち位置をも構築できていないのです。原爆被害国であるのに核の傘が重要だと尊重する政府の立場は、典型的にその構造を示しています。過去の世界史を振り返れば、スペインやポルトガルの中南米の人々に対する、欧州各国によるアジア・アフリカの人々に対する残虐な仕打ちは、日本の米国の戦中の仕打ちよりも、もっとひどかったかもしれません。いつの時代も同じなのです。日常の生活を送っている庶民にそれを破壊する行為をしておきながら、やむをえなかった、とか、その後経済発展をもたらしたきっかけになったとかなどの言い訳は、決して肯定できません。どの場合も、日常生活を無理矢理破壊した側だけに責任があります。

 言いたいことは、こうした日常生活を蹂躙した側に責任があることを、私達が明確に共有しているか、と言うことです。あれやこれやの政策議論があるかと思いますが、今後の社会を考えるうえでの共通基盤は、日常生活蹂躙の責任を回避すしてはならないことだと思います。

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