誇大主義と反省主義

1945年8月14日の終戦前日の空襲による大阪森ノ宮付近の状況(ラジオ関西トピックスを引用)https://jocr.jp/raditopi/2021/08/15/382949/

 白井聡さんは、「国体論 菊と星条旗、集英社、2018」において、戦前に天皇が果たしていた役割を戦後は米国が引き受けたこと、これによって国民統合は維持されたけれども、数々の社会問題を解決できず、戦前が焼土敗戦に帰着したのと同じような破滅に向かっていることを論じました。その危惧は新型コロナ感染でかなり国民に共有されるところとなったと思います。つまり、ウィルス変異などの自然の節理と闘って国民の健康を何とか支えるといった危機対応に各国政府はまさしく悪銭苦闘したのですが、日本政府だけは楽観論で合理的な判断を避け、「欲しがりません。勝つまでは」に類する精神論を国民に強制したことからみて、「なるほど、日本政府と日本社会は戦前と同じ構造が維持されているのだなあ」ということが明らかになったからです。
 戦前は言論の自由が抑圧されており、ネットなどもなかったので、国民の意見が形成されにくく、また破綻を危ぶむ国民感情が表に出にくかったのですが、現在は今のところ、いろいろな意見を表現する自由が維持されています。ですが、政府与党は、日本会議が声高に主張する「国民の国家への献身を重視して権利を軽視する戦中への回帰」を支持し、国民の多数も必ずしもこれを否定していないようにみえます。少なくとも、国会審議において、こうしたパターナルな方向を進めようとする強行採決が可能なのは、「野党がだらしない」と言うような表面的な理由だけでは説明できないように思います。
 亡くなられた加藤典洋さん、半藤一利さんをはじめ、戦前戦後に関する詳細な分析があるわけですが、私は、単純かもしれませんが、次のように考えました。明治維新によって天皇を元首とする国家が成立・成長して、欧米が植民地を支配する世界に割り込んだ結果、数々の国際紛争にかかわり、結果的に1945年の敗戦に至ったわけですが、その後、米国主体の連合軍の占領をはさんで、その後の高度経済成長へ向かった後、中国その他の成長と反対に経済が停滞して国力が低下し、現在に至っています。この日本の150年ほどの歴史は、1945年に大きな転換点をもつわけですが、欧米列強の中に敗戦はあったにしてもプレイヤーのひとりとして日本が存在したことは、「天皇がトップに存在し続け、大事なところで決定的な役割を果たしたからこそである」という発想があり得る、と推測するのです。こうした発想は、「日本が欧米に割り込んだ結果、植民地が開放されるグローバルな変化が生じた。結果的に経済発展を遂げることができた中国や韓国は、日本への敵対を国民統合に利用している。米国との軍事同盟によって対抗すべし」との二次的な考え方を誘発させます。「日本はやっぱりえらい!」との考えなので、誇大主義と仮に呼ぶことにします。
 ところで、敗戦後、昭和天皇とマッカーサーの合意によって日本国憲法が作られ、ソ連と米国との対立の中で米国に従属して経済発展を遂げる道筋が作られたわけですが、その流れを重視すると、「周辺各国と日本国内に莫大な犠牲をもたらした戦前の日本の責任を常に反省することで、戦後日本のすべてが成立できている。憲法を維持し、過去の反省に立つことがすべての基盤なのだ」との見解があり得て、上皇はこれを代表していると思います。反省主義と呼んでおきましょう。昭和天皇の玉音放送は、誇大主義にとっては、「この英断があったからこそ国民は救われ、米国の援助も得られて経済発展ができた」との位置づけになるでしょうし、反省主義にとっては、「少しでも早い判断があれば多数の貴重な命が救えたはずだ。その深い反省にたち、二度とこうした破綻をもたらさないよう、憲法を守るべきだ」との解釈になるでしょう。昭和天皇も上皇も靖国神社参拝を控えたことは、戦後の天皇が明確にこの反省主義を重視していることを意味します。他方、自民党は、中国・韓国の批判を横面でうかがいながら、何とか靖国神社に敬意を表して、誇大主義であることを鮮明にし、日本会議シンパの票を必死に確保しようとしています。

 あまりにも単純化された分類かも知れません。しかし、国民の意識にはこのふたつの考え方が交錯しているけれども、政党はどちらかを代表しているので、それに近い気持ちをもつことでとりあえず気持ちを整理しているのではないか、と思われます。少なくとも、ドイツがナチスを法的に断罪するような一方的な合意事項は日本ではありません。おそらく、2つの考え方が相補的にはたらいて、その奥にある問題点を隠蔽してしまうんではないか、と私は危惧します。国民は多数の空気を読むことで仲間と意気投合します。ネット空間はそれを如実に示します。ですから、両方の考え方が議論し合う機会、その主張を考え直すとの観点は作られにくいように思います。戦前に最大の敵であった米国に従属しながら国家への滅私奉公を求める戦前の体制を尊重する、という星条旗と菊を両立させたような矛盾を抱える政党がなぜ与党であり続けるのか、わかりにくいですが事実です。また、過去の反省をふまえて他国との外交をどう組み立ててゆくのか、防衛戦略をどう作ってゆくのかの議論がリベラルの側でも十分ではないことは、加藤典洋さんが亡くなるまで「9条の戦後史、筑摩書房、2021」において深く掘り下げようとされていたことだと思います。「米国従属からの開放を実現し、日本の将来について、自然災害や感染症や地球環境、あるいは国防を含む外交を独自に考え、戦略を提起し、国民を挙げての議論に持ち込む 」この重要性・必要性はすでに多く指摘されています。でも、そういうようにはならず、宮台真司さんの言われるような「泥船の中での椅子取りゲームが続いています。では、それはなぜ?なのでしょうか。

 安富歩さんは「生きるための経済学、NHK出版、2008」で、「選択の自由」が西欧の考え方の根幹にあることを論じています。「個々人が何を選択するかは自由だが、それによって得られる結果責任を負う」との西欧の考え方は、「選択肢としての複数の椅子は、必ずしもすべてが泥船に乗っているわけではなく、必ず沈没するというわけではないので、選択を間違えて沈没しても、首尾良く生還することもできても、いずれの場合も選択した本人の責任だ」というように考えられているのでしょう。ところが、 自然災害や感染症や地球環境 などの地球と生態系と人間との相互作用によって生じる問題は、日本だけではなく、世界中で共通した泥船かもしれません。選択の自由が与えられていても生還がむずかしいような問題なのです。選択の自由に耐えられなくなる恐れがまなり高い複合的な難題なわけです。「沈没か生還か、おまえはさあどっちを選ぶのだ」と迫られるよりも、天皇陛下の最終選択を暗黙の前提にした「泥船での脳天気な椅子取りゲーム」のほうが恐怖心がうすれるだけ「個人の負担のうえではまし」なのかもしれません。環境問題などのむずかしいテーマでは、完全な正解はなく、西欧的な選択の自由に基づいて悪銭苦闘しても、最後は神様にお祈りするしかないところに追い込まれるかもしれないです。しかし、ここで私が言いたいことは、日本では、先に論じた「メタ空気として空気を支える天皇制」の問題が、誇大主義も反省主義のいずれにおいても、将来の戦略をどう選択するか、というむずかしい問題に深く関わっているのでいるだろう、ということです。日本独特の「泥船が沈没するかしないかは、選択肢として考えない。どう考えてもムダだから椅子取りゲームだけしていれば良い」との考え方、これはダメだと思います。

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