森林蒸発散量は日照りでも減らない 

 森林は水源涵養機能があると言われる一方、水消費が大きいので、実は森林がないほうが水資源利用には良いのでは?という疑問も起こります。科学はどのような見解をもたらしてきたのでしょうか。
 森林生態系の主体である樹木は100年程度の寿命をもつので、草や農作物や芝と違い、雨が長く降らなくても土壌深くまで根を延ばして光合成・蒸散を減らさない性質を持っています。山地斜面に森林がないと土壌が侵食され土砂災害が起こりやすくなるし、保水力も低下するすので(「山くずれ」「保水力」の記事参照)、森林を伐ってしまえとは言えませんが、何十年も続けられた地道な森林水文学の観測研究の結果、森林がないほうが蒸発散による水消費が少なくなって川の流量が多くなることが明確になっています。その例として、雨の少ない瀬戸内のため池地帯において日照りのときの水田用水を確保するには森林をどうしたらいいか?という、国(農林省)の平田徳太郎博士と岡山県の山本徳三郎技師の間での論争に基づいて続けられた試験研究を紹介したいと思います。農林省山林局(現在の林野庁)は、この問題に科学的な観測をもとにして決着を付けようと、1937年から竜ノ口山森林理水試験地の観測を開始しましたが、現在でも森林総合研究所関西支所で観測研究が続けられています。図1にその結果のひとつを示します。南谷流域をおおっていた若いクロマツ林がマツクイムシによって枯れたとき、植生変化のなかった北谷流域を基準として比べると、無降雨期間の流量が2倍くらいに明瞭に増加したことがわかります(軸の表示が対数になっていますのでわかりにくいかもしれませんが、明瞭な増加があることをご理解ください。詳細は論文をご覧ください)。
 もしかすると、樹木がある場合がない場合よりも、日照りにおける川の流量が大きくなると思っておられる方があるかもしれませんが、それは観測研究によって明確に否定されています。森林伐採によって蒸発散量が減るので、その分だけ川の流量が増えるのですが、その増加は、雨が降らない時期の流量でとくに目立つのです。

内陸では森林の大量の蒸発散量が雨を降らせる

 ところが、この結果は、森林があろうがなかろうが雨量は同じだということが前提になって得られたものだということに注意していただきたいと思います。蒸発しないと雨が降らない地域では、話が大きく変わってきます。陸地では水は海に向かって流れ、川ができていますよね。その水はどこから来る のでしょうか?川が陸から海へ流す水の流出量は、海の上空から陸の上空に送られる水の流入量によってまかなわれ、流入と流出は相等しいことをまず理解してください。海から川と逆向きに水が陸にやって来ないと雨が降らないのです。

 さて、海に囲まれた日本のような島国ではなく、南米アマゾンやシベリアなどの大きな大陸の奥地では、海で蒸発した水蒸気がそのまま凝結して雲になり雨を降らすのではありません。森林が蒸発散によって供給する水蒸気が凝結して雨がもたらされる「水のリサイクル」が生じています。リサイクルがないと、海岸付近で水が消費されて、内陸は砂漠ばかりになってしまいます。だから、海岸に近くで大量の蒸発を行う森林を伐採すると、風下へ水が送られなくなると予測されます。こうした、雨が多く降らないと森林が成育できないが、森林がないと雨が降らなくなる、こうした湿潤気候と森林の相互のもたれあいがあるわけです。こうしたもたれあいは広大な大陸ばかりではなく、東南アジアのボルネオ島でさえも起こっていることが最近の研究でわかってきました(東京大学の熊谷朝臣先生の研究成果をご覧ください)。五木の子守唄に「水は天からもらい水」とあり、日本ではそうかもしれませんが、「水は森からもらい水」という地域もたくさんあるのですね。

 シベリアでの観測研究によってさらに詳しく説明しましょう(詳しい解説参照)。図は、ユーラシア大陸の北部で観測された降水量(雨と雪)を夏季(6-9月)と冬季(12-3月)に分けて、横軸に東経(0°はロンドン、135°は明石の北方になります)をとって表示したものです。大西洋で蒸発した水は偏西風によって東に運ばれ降水となるのですが、冬は樹木の蒸発散(光合成による二酸化炭素の吸収ともなう気孔からの蒸発を蒸散というので、森林の葉に付着した雨水や積雪の蒸発、地面からの蒸発と合わせて蒸発散といいます)が少ないので、東に運ばれる水が減ってしまい。降水量(ほとんど雪ですね)が小さくなってゆきます。けれども、夏は樹木が光合成と蒸発散を活発に行うので、「水のリサイクル」が生じて、東に水が運ばれ、降雨量が減りにくいことがわかります。なおよく見ると、ウラル山脈や中央シベリア高原などの標高が高いところがあると、雨量が多くなるので、水が消費され、東側の風下の雨量が減る傾向が現れています。日本海側の山に「どか雪」、太平洋側に「空っ風」というのに似ていて、おもしろいですね。

雨や雪を分析すると水のリサイクルの証拠が得られる

 さて、水はH2Oなので水素と酸素からできていますが、原子核を作っている中性子の数が大きいものがごく少量含まれていて、これを安定同位体といいます。やかんでお湯を沸かして水がどんどん蒸発してゆくと、中性子数の大きい水は蒸発しにくい傾向があるので、やかんに残った水は、最初に比べて中性子数の大きい水の割合が多くなります。水蒸気が水や氷になる場合はその反対で、中性子数の大きい水が先に水や氷になってゆきます。そこで、降水の同位体を分析すると、海で蒸発した水蒸気が凝結してすぐに雨や雪になる海岸付近では、中性子数の大きい水(特に重いわけではないですが「重い水」と呼びます)が多くなりますが、風下の内陸にゆくほど降水は「軽い水」になります。重い水が先に水や氷になって降水になるので、残りかすの水蒸気は軽くなる。これを内陸効果と呼んでいます。
 図をご覧ください。西ヨーロッパのベルリンでは、年中、重い水(水素の安定同位体比が大きい。図では上方にプロットされる)が降っていますが、モスクワの東のキロフでは、冬の降水が軽くなる傾向が現れ、東シベリアのヤクーツクでは、その傾向が顕著です。冬は水のリサイクルがほとんどはたらかないので、内陸効果がはっきり表れるのです。しかし、夏はそれほど軽い水にはなっていません。これは、森林蒸発散による風上の水のリサイクルのため、重い水もまた風下に運ばれてゆくことを示しています。

 なお、京都府立大学の勝山正則先生は、世界中のミネラルウォーターのボトルを友人に買ってきてもらって分析していますが、ヤクーツクのボトルは確かに軽い水でした。ペットボトルに収められた地下水には冬に降った雪(軽い水)も融けてはいっているのです。また、日本コカ・コーラ社の「いろはす」も、静岡で採取した水よりもやや内陸側の山梨(北杜市白州町)で採取した水のほうが、ちょっとだけ「軽い水」でした。(関連ポスター)。

森林蒸発散が乾燥期間も減らないことが大陸奥地の湿潤気候をもたらす

 ところで、森林は、「長生きで背が高い樹木」を中心にできあがっている生態系です(あたりまえですね)。葉や枝の集まり(樹冠といいます)が上空に突出してでこぼこが大きいので、風が吹いたとき上下に大きな渦ができやすいです。反対に雪原や砂漠では風がすべるように流れて、渦が小さくなります。そのため、森林では、樹冠にくっついた雨水や雪をそのまま蒸発(遮断蒸発といます)する量が非常に多くなります。また、雨が長く降らないで土壌が乾ききっているときでも、樹木は根を深く伸ばしているため、光合成や蒸散をしつこくがんばります。芝生のように次の雨があるまで地上部が枯れてしのぐ、というようにはできていません。樹木の一生は100年を超え、その間には何度も厳しい乾燥を経験しますが、枯れずにゆっくり成長してゆく性質をもっているわけです。
 こうしたあたりまえの樹木の「しぶとい」生き方が森林蒸発散の特徴として現れます。図は、名古屋大学におられた太田岳史先生が東シベリアのヤクーツクのカラマツ林に設置されたタワーで、カラマツの森林から上空への蒸発散量を1998年から2006年まで観測された結果を示しています(論文参照)。棒グラフの黒いところが夏季の雨量、赤い四角が夏季の蒸発散量を示していますが、2001年は蒸発散量よりも雨量が少ないひどい乾燥年です。これは、永久凍土の上側に前年までに降った雨水が冬季に凍り、それが融けることで、蒸発散に使われるという、絶妙でデリケートな仕組みによって、カラマツが生き続けていることを表しています。カラマツ林は乾燥年でも蒸発散を減らさずに続けることによって、上空に水を毎年しっかり安定的に供給していることになります。雨の多い年、少ない年、酷暑の夏、冷夏、気候は毎年変動しますが、森林がほとんど同じ量の蒸発散を行う結果、こうした気候の年々変動が緩和され、さらにその結果、蒸発散量の多い森林の成育が可能になる、といった「鶏と卵」の関係によって大陸奥地の湿潤気候が成立していることがわかります。

森林伐採利用・木材の輸送は地球の気候環境とつながっている

 このように、森林は蒸発散によって水を大量に消費する性質があるのですが、降水が水のリサイクルによってもたらされる場合は森林があることこそが湿潤気候をもたらすことになり、他方、森林があろうがなかろうが海で蒸発した水がそのまま降水となる場合は森林がないほうが川の水を増やすことになります。また、森林は水害や土砂災害を減らす効果ももっています。ですから、森林を伐採して、たきぎにしたり、家を建てたり、紙を作ったりする場合には、こうした科学研究によってわかってきた知見をふまえる必要があります。
 図は、木材を輸送すると、森林を伐採した地域に環境劣化を引き起こす結果になることを描いたイラストです。日本のスギやヒノキを中心とする人工林は、樹木を大量に必要とした戦後復興から高度経済成長の時代に伐採した後、1960年頃に植えたものが半分以上で、いわば60歳の団塊世代になっています(参考資料AB)。これをどのようにしたらいいでしょうか。少なくとも、「内陸の湿潤気候を支えている天然林を伐採利用するが、災害を防ぐはたらきをもつからと言って成長した日本の人工林を伐採利用しない」というようには簡単に言えないと私は思います。持続的に森林を利用しながら環境も守る、そういう政策決定の議論に科学研究の成果を活かしていただきたい、と願っています。(でも残念ながらそうはなっていませんよね。)