メタ空気と人権尊重との矛盾

 秋篠宮眞子内親王が結婚を終えた時点における2021年10月26日の会見において、鮫島浩氏は、「心配し応援してくれる人々」だけへのメッセージであったことに、違和感があるとのコメントを書いておられます。皇室が「日本国民の総意に基く」以上、「国民を『分断』するものであってはならず、すべての国民の気持ちを包み込むように最善を尽くさなければならない」との考えで、非常に重要な視点だと思います。ただ、これはむずかしい論点を含むように思います。

 日本人の多くは子供からおとなに成長する過程で「できるだけ意思を表明せずに立場をわきまえた行動と発言をしなければならない」という世渡りにおける基礎原理を学びます。したがって、皇室の人間は日本国民の総意に基づく象徴としての立場で行動と発言をしなければならないことが、当然の義務と言うことになります。 ただ、この原理は、日本国憲法の理念である人権尊重に対して矛盾しており、その矛盾は皇室に属する人間において最大になると考えていいでしょう。そこで、中島岳志氏の、危機の社会責任・個人責任、パターナル・リベラルを縦横軸とする政治家の位置づけの概念図をまねて、皇室に関して、個人の意思と憲法との関係について概念図を描いてみました。
 天皇は、帝国憲法・日本国憲法にかかわらず、「国民の多くの考え方を読みつつ判断を行わざるを得ない」というような複雑困難な立場を保つべく懸命に努めており、終戦玉音放送、退位をにじませる上皇のおことば、新型コロナ禍における五輪強行への今上天皇の憂慮などにその努力が具体化されています。
 具体的に考えてみると、昭和天皇は、日本国憲法下においても国の政策の基本に対して個人的な意思を反映させており、図の斜め横への矢印のように、最高指導者としての立場を密かに維持してきたことが徐々にわかってきています(豊下直楢「昭和天皇の戦後日本」岩波、2015;加藤典洋「9条入門」創元社、2019)。上皇は、「昭和天皇の戦争責任を直視しつつ、だからこそ、その責任を国民から追及されないようしなければ憲法上の象徴としての務めを果たせない」という綱渡り的にむずかしい役割を、みずからの個人的な強い意志によって貫いてきたと言えるでしょう。今上天皇はどうしてゆくでしょうか。なかなか容易でないことは確かです。
 日本国憲法下の現在では、人権の尊重が掲げられています。なので皇族であっても「お飾りではない何らかの意思がある」ことは主張して当然であるにもかかわらず、現実には、パッシングを受忍して反論してはならない立場があります。その辛苦がとくに女性皇族に強要され、PTSD被害者を作り出してきました。考えてみれば、皇族だけではなく、「立場をわきまえて我慢しなさい」という非難は、伊藤詩織氏をはじめとする女性、在日朝鮮人や海外から来た方々、障がいのある方々に浴びせられてきました。こうした差別的な攻撃は、欧米でも人種や能力の差に基づいて現れるのでしょうが、日本では、「立場をわきまえなければならない」との基礎原理が、自分ではなく他人に向けられることで生じる傾向があると思われます。もちろん自制する方が多いのですが、ネット社会において拡散するので、たいへん困った悲しい現実だと言わざるを得ません。

 問題を皇族に戻しますと、図に示すように、小室眞子氏は、生まれながらに人権をもつと憲法で定められながら立場上意思の示せない皇族という矛盾した立場から縦方向に移動したことを会見で宣言したということになると思います。したがって、鮫島氏の言われるように、国民の総意に基づく立場を総括する発言を欠いていたのはそのとおりですが、すでに小室圭氏配偶者として夫妻での「立場上の私人としての」会見で、矛盾極まりない立場からの脱出を宣言したのは、あいまいな皇室の立ち位置の中でのひとつの見識ではあったと、私は思います。図の左下に示すように、日本会議や男系天皇論者は、天皇の意思による独裁を望むわけではなく、支配者が天皇の名において国民の人権を否定した政治を行うことを切望しており、安倍晋三氏を核とする自民党主要部はその点を意識して政権運営を行ってきました。ですから、人権を獲得したい強い意志のもと、女性皇族は婚姻により積極的に逃亡するでしょう。また、わずか1名しか残っていない未婚男性皇族の婚姻において、人権が極度に抑圧されかつ誹謗中傷でPTSD に陥る恐れがあるのにそれに耐え抜く覚悟を持つ女性を探索する必要があり、宮内庁等関係者の苦境が予想できます。いくら、立場をわきまえるよう幼少期から教育されている日本人とは言え、明らかに人権を抑圧される皇族の立場は「いやだなあ」とは思うでしょう。最近の国会を見て、「国家公務員の最も重要な仕事がみずからの意思とは違う発言をすることだ」と悟った大学生が「できたら成りたくないなあ」と思うのと同様です。
 ですから、人権における矛盾点がありながら曖昧なメタ空気的立場にある皇族自身が悩んでいて、天皇制がまさしく危機にある現在、天皇を元首としたい日本会議・男系天皇論者は、その天皇制を壊滅に導いていると言わざるを得ません。未婚の女性皇族全員が皇籍離脱することを前提に、皇族から民間人となった男系の男性を皇族に戻す方針もあるようですが、 皇族に戻る希望者は「人権における矛盾点がありながら曖昧なメタ空気的立場」を継承できるように教育されていない、図の左下の考えを持つネトウヨ的人物かもしれません。そうなったら、微妙な立場で維持されてきた皇室は瞬時に崩壊するでしょう。

 まとめますと、日本国憲法が定着している現在、皇族は「みずからが人権をもつと自己認識しているにもかかわらず、日本国憲法に基づく『すべての国民の気持ちを包み込まなければならない立場上の義務』をも理解した上で、誹謗中傷に耐えなければならない」、そういう矛盾を、小室眞子氏の会見は明確化したのだと私は考えます。その意味で、私は鮫島氏の言われる「皇族が象徴天皇制の根幹への理解を欠いている」は杞憂ではないかと推測します。ただ、「人権を尊重しながら立場上の義務を逸脱してはならない」という日本に充満する「空気」は、日本国憲法における象徴天皇制によって代表されていて、皇族と国民すべてを苦しめる構造があるようには感じます。これをどうすべきかはむずかしい課題です。継続した議論が必要でしょう。

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