風前の灯となった天皇制

 今回の結婚直後の会見での小室眞子氏の明確な意見表明は、残された未婚男性皇族がまさしくその弟ひとりであって、彼がすでに数々の悩みをもつ年齢に達していること、家族として互いに何らかの話しあいがあるだろうことを考えれば、天皇制における最終的な危機を明確に宣言したものと認識できると思います。悠仁親王は、将来の天皇を継ぐ立場であるため、日本国憲法と皇室典範にきつく縛られ、一般の人と違って、自分の意見を表明することができません。その一方、憲法に規定された人権尊重の精神に基づいて自分の意見を表明したとしても、誰も非難できません。日本国憲法は内在する矛盾をひとりの青年に押しつけていることになります。なぜそこまで彼が追い込まれたかの理由は、憲法と典範を前提にする限り、皇室に属している夫婦が男子を彼以外に出産しなかったことに基づきます。したがって、子や孫の世代に日本という国が独立国家として存続するためには、このような人権的にみて無理の多い天皇制を廃止するのか、何らかの形で天皇制を継続させる手だてを設けるしかありません。
 一般に、政府の仕事は、放置しておけば蓄財を増やす人からお金を召し上げ、苦境に陥る人を助けることが重要です。こうした短期的対策と同時に、子や孫の世代の暮らしを維持できる方策を今から準備しておく長期的対策を立てることだと思います。現在の政権がいずれの仕事もまともに行っていませんが、天皇制に関しても、同じだというのが実感です。将来を考えないのです。
 昭和天皇は先の大戦において形式的な責任者の立場に立たされ、実質的な敗戦決断を担うことを余儀なくされましたが、子や孫の世代に天皇制が継続することをみずからの最大の任務と認識し、戦争責任の悔悟を必死の思いでこらえてきたように思います。その結果、沖縄の住民に甚大な負担を掛け続け、かつ、ソ連支配下の社会主義化を避けるために日本人の権利と誇りを米国に売り渡す属国化を受忍しました。そういう戦後の日本社会のマイナスの構造を容認かつ支援したのことについてきちんとした批判は必要ですが、人間としてみたとき、彼なりに悪戦苦闘してきたことは認めざるを得ません。私は、上皇はそのことをすべて腹に収めているため、慰霊の旅その他の活動を行って、昭和天皇が国民に対して負うべき責任をそらしつつ国民感情を和らげることで、昭和天皇の遺志である 「子や孫の世代に天皇制が継続する」ように努力したのだと思います。

 ですから、上皇は、今上天皇と秋篠宮の兄弟をはじめ、皇族にこの信念を伝達するように配慮してきたはずです。もし、天皇制が継続する日本国を子や孫の世代に残したいという目標を否定しないのなら、男系にとらわれることなく、改善方策を準備しなければならなかいと思います。曾祖父の昭和天皇や祖父の上皇が、天皇制の存続をみずからの最大の責務と認識していたことは、彼らの行動から見て客観的に明らだからです。政権を担う政治家や国家公務員、研究活動において天皇制に何らかの見解をもつ学者たちは、皇族に対して丁寧な敬語を使って発言することからみて、さすがに、皇室が崩壊することを望んではいないだろうと推測します。にもかかわらず、彼らは、子や孫の世代のことを想像する能力を欠いているとしか考えられません。政府は現在の特権を守ること、学者たちは自己の学説を固執することだけを重視して、悠仁親王をはじめとする皇族の苦悩など「国体護持」の空虚な理想に比べれば無視していいと思っているのでしょうか。私には理解できません。
 どういう経過をたどったとしても、国民は、最低限の生活ができ、誇りを失ってしまわないかぎり、今後もがんばるでしょう。でも政府がまともな仕事をしなかったら、多くの人々が苦しむことは明らかです。天皇制の問題もそのぎりぎりの将来像の中で議論して欲しいと思います。

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