自然斜面の排水

 

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: Slope-885x1024.png

今回の熱海の災害においては、盛り土が地下からの排水ができずにくずれて土石流になったのではないか、と推測されています。そこで、人工の盛り土の排水に比べて森林でおおわれた自然斜面での排水はどうなっているのか?について考えてみたいと思います。
 1万年の長期を考えます。プレート運動によって日本列島が圧縮されて盛り上がる地殻変動があるため、日本の山は1万年で数mほど隆起する傾向があります。ゆっくり盛り上がる山を作っている岩盤が風化することで土の粒子が作られるのですが、これは千年に一度程度の山くずれによって侵食されます。こうして山が切り刻まれて尾根と谷から成る複雑な山地地形ができ、下流に運ばれた土が堆積して扇状地ができます。斜面のひとつがくずれると土石流になる場合が多いですが、小河川の上流には斜面がいくつもあるので、扇状地に土石流が出てくるのは、山くずれが千年に一度であるのに比べ、頻度が高くなります。それでもその発生は100年に1回程度で、長期間土砂が流出してこないとも言えるので、扇状地は都市に近い場合宅地に開発されることが多いです(休眠性河川と言います)。他方、花崗岩のはげ山や噴火して間がない火山では、森林が斜面をおおっておらず毎年のように土砂が流れてきますから(「活動性河川」と言います)、焼岳火山の下に広がる上高地のような観光地以外は、ふつうは開発されません(上高地は多数の砂防ダムなどの人工構造物を造り続けることでようやく景観やホテルが維持されているのです)。つまり、はげ山や火山は毎年侵食されて森林生態系が成立できないため、土壌層が発達できないのですが、そうでない山では、樹木が根っこで土砂を安定させて成長して森林生態系が成立して土粒子が侵食されなくなり、それが堆積して土壌層が発達します。それを基盤に樹木は100年以上生き続けて斜面は安定します。江戸時代続いていたはげ山や草山は、緑化工事や化石燃料への転換による森林不利用を通じて森林生態系が復活してきたのですが、結果的にその下流の小河川は活動性河川から休眠性河川に変わり、宅地開発が行われました。だからこそ休眠性河川が時々覚醒して崩壊を起こし、土砂災害が発生するようになったわけで、これはたいへん悩ましい問題です。
 このように、森林生態系が斜面をおおうことで土壌層が安定するのですが、大雨のときは山くずれを起こす場合があります。もちろん起こさない場合もあるわけで、水の流出メカニズムはどのようになっているのでしょうか。降雨があると、尾根や中腹に降った雨水は斜面の凹地形の山ひだに集まり、さらに小河川へ流出します。そうすると、森林土壌は比較的大きな間隙が多いので、雨水はいったん地中に浸み込むのですが、凹地形の山ひだでは雨水が集まるので、降り始めからの雨量が200mm、300mmになると集まった水を速やかに排水できずにたまり、地下水面が地面近くまで上がってきます。そうすると、土粒子どうしがかみ合って安定していた土壌層は浮力によってすべりに抵抗できにくくなります。たしかに根っこが土粒子どうしをひもでつなぎ合わせたようにすべりに抵抗するので、根っこの多い地表面近くは大丈夫ですが(ただし、樹木を伐採しますと地表面付近の根も腐るので、浅い山くずれがおこりやすくなります)、深さ1mくらいになると根っこがまばらになって、浮力がかかるとすべりに抵抗できず(テレビなどでは普通、地盤がゆるむと表現されます)、表層崩壊を起こしてしまいます。

 前置きがたいへん長くなってしまいましたが、水と山くずれの関係がざっとご理解いただけたとして、次に排水について考えたいと思います。表層崩壊は、降り始めからの雨量が多くなって、1時間に30mmくらいよりも強い激しい雨があったときに発生することが多いです。長雨で土壌が十分に湿った後、強い雨があると、排水ができなくなって地下水面があっという間に地面近くまで上昇します。このように強雨の直後に浮力が大きくなって重力によるすべりに抵抗できず、山くずれが起きるのです。ですから、はげしい夕立の強雨があっても、降り始めからの雨量が小さい場合は雨水がほとんど土壌に吸収されてしまい、水面は上昇せず、浮力も大きくならず、山くずれはまず起こりません。テレビなどで避難のために知らされる気象庁の「土壌雨量指数」は、こうした「長雨+強雨のセットが危険」とのメカニズムに基づいています。「排水できるかできないか」は、土壌層がくずれないかくずれるかを決める決定的な要因だと言えます。
 さて、ひとつの斜面での山崩れの発生は、短くて数百年、長くて数千年に一度です。その間に山ひだの地下水面が高く上昇するような大雨は何度も発生するのに、どうして斜面は数百年もの間、くずれずに安定を保つのでしょうか。
 こうした山ひだの土壌層内にはパイプ状の水みちが多く発見されています。おそらく、地下水の排水によって、大雨があっても水みちがないときに比べ地下水が上昇しにくいのだ、と推測されます。だとすると、排水効果の高い水みちが存在するのは、なぜなのでしょうか。なぜ?の疑問が次々と生じます。
 下川悦郎鹿児島大学名誉教授は、図に示すように、過去に起こった山崩れの後、数百年かかって土壌層が厚くなり森林生態系が再生することを、樹木の年輪解析や植生の分布の詳細な調査を行って実証されました(松本舞恵さんとの共著論文をご参照ください)。その長期の土壌再生過程において、パイプ状の水みちもまた、集まってくる水の流れで細かい土粒子が洗い流されることで(地下侵食と言います)、徐々に形成されたと推測されます。水の集まるところには排水路が形成されるからこそ、土壌層は大雨の際にくずれずに発達できる、そういうヒストリーが考えられるのです。人工の盛り土にはこうした長期間のヒストリーはなく、人工的な排水路を作らない限り、くずれやすいということができます。
 このように自然斜面では、過去に発生した山くずれの後、根っこを伸ばす森林生態系・樹木に水とミネラルを供給する土壌層・排水路となる水みち、これらが協力し合って、斜面からすべり落ちないようにゆっくりと発達してくるわけです(なぜそうなるのか?は植物・微生物・動物で構成される森林生態系の生きようとする力の総和によって説明されます)。ただ、その水みちの発達過程の実証は、それが長い期間を掛けてできたものであるため、なかなかむずかしいことです。その実証研究は、水文学と地形学の今後の重要な課題だと、私は考えています。

Follow me!

コメントを残す