林野庁が今回公開した「森林の洪水緩和機能」に関するコメント

2024年12月6日                             谷 誠

 林野庁は、2024年11月29日に「多様な主体による森林づくり活動と水源涵養機能に関するセミナー ~新たな定量化に向けて~」と題するセミナーを開催し(ココ)、私もオンラインで傍聴しました。その資料は、「水源涵養機能セミナーリーフレット」としてココに公開されています。ここでは、資料の「第4章 森林による水源涵養機能(洪水緩和機能)」について、森林水文学の専門家として簡単にコメントしたいと思います。
 手法はたいへん複雑なので、一般の方々はもとより、水文学の専門家にとっても非常に難解であり、どういう目的でどういう評価をしたいのか、資料を基に理解することは困難ではないかと感じました。そこで、私なりに理解した基本的なポイントをできるだけわかりやすく説明しようと思います。誤解もあるでしょうが私見としてお許しいただきたいと存じます。森林と水にご関心のある方の参考になれば幸いです。

 大雨によって河川が氾濫したり山崩れが起きたりして水害や土砂災害が発生しますから、森林がどのような機能によって、これらの災害被害をどの程度減らすのか、多くの国民にとって関心のあるテーマです。今回の手法では、洪水緩和機能を、降雨があるとすぐに流量が増加してピークを作るような直接流出(洪水流とも言います)の総量を減らす効果をもって評価しようとしています(p. 50:資料のページ数、以下同じ)。
 具体的には、長期の観測事例が蓄積している山地小流域のデータを用い、降雨事例ごとの降雨総量と直接流出総量の関係を調べており、裸地の流域と森林流域との直接流出総量の差をもって洪水緩和機能と定義しています。そこでは、流域の地質ごとに森林流域のうち直接流出総量が大きかった事例を探し、その場合が裸地の直接流出総量だと仮定して、比較検討を行っています。その結果、降雨イベントにおける裸地の直接流出量の総量は降雨イベントの降雨総量とほぼ等しいことがわかったとしています。この結果に基づいて、降雨イベントの降雨総量と森林場合の直接流出総量の差が、森林によって洪水時の流出量を減らした効果だとみて、森林の洪水緩和機能とみなしています(p. 56)。
 1年間に川へ出てくる流出総量は、降雨イベント時の直接流出総量と無降雨期間の基底流出総量との合計になりますから、裸地の直接流出総量に等しいとみなされる降雨イベント時の降雨総量から森林流域で実際に測定された直接流出総量を差し引いた量が、1年間の森林の洪水流出緩和機能だということになるわけで、流域地質ごとに、その機能の早見表が作られています。ですから、対象とする流域の地質をまず調べ、次にこの早見表を使って、その流域の森林の洪水緩和機能とすることを、林野庁は森林の災害防止機能に関心のある国民や企業に提案していると解釈できます。 

 今回の手法に関する以上の理解を基にコメントします。この手法には、米国土壌保全局で開発されたカーブナンバー法が採用されていますが(p. 41)、直接流出総量の大小で洪水緩和機能として評価することについては、従来の森林総研のホームページに出ている方法(ココココ)と特に変わらず、新しい発想ではないと、私は感じました。
 ここで示されている「裸地」が、土壌はあるが森林や草地などの植生がない状態を指すのか、土壌がなく風化基岩が裸出した風化花崗岩地帯に1960年頃まで見られた、いわゆる「はげ山」の状態を指すのか、定かではないですが、これまでの研究で次のような情報が得られています。
 すなわち、直接流出総量が森林流域に比べてはげ山流域が多い理由は、はげ山での実測流量データの解析から、はげ山が森林よりも一年間の総蒸発散量が半分強しかないことによることがわかっています(ココ)。これに加えて、はげ山流域は土壌がなく、土壌層のある森林流域と比べて流量の時間変化が急激であるため、直接流出の総量が仮に同じであっても、流量ピークははげ山の方が森林よりも大きくなります(ココ)。土壌のある森林流域では、土壌のないはげ山に比べて、水が土壌の中を浸透するため、大雨期間の流量の時間変化がなだらかになり、結果的にピーク流量を低くするからです。
 しかし、林野庁の今回の手法では、ピーク流量の大小は森林の洪水緩和機能として「独立して」評価されていません。これまでの森林水文学の研究では、団粒構造を持つ森林土壌と粘土質土壌、あるいは、厚い土壌層とうすい土壌層におけるピーク流量の違いがすでに明らかにされています(ココ)(この資料の図-4を下記に載せます)。しかし、今回の方法では、大雨時にピーク流量を低くするいわゆる緑のダム機能が森林の取り扱いによってどのように守られるのか、低下するのか、そういう問題は評価されていません。私には、水害や土砂災害を起こしかねない大雨に対して森林土壌が発揮する、決定的に重要な洪水緩和機能を、なぜ林野庁が言及しないのか、その意図がどうしても理解できなかったです。
 結論として、今回の手法は、経験的な降雨総量と直接流出総量の関係から洪水緩和機能を推定しており、流域の中で水がどのように流れて出てくるのかという流出メカニズムは全く考慮されていない点は、十分に理解しておく必要があります。洪水緩和機能の主たる根拠は森林の蒸発散量が裸地と比べて大きいことだと理解されている、と私は受け止めました。


  

   

 引き続き、この方法の問題点を指摘しておきたいと思います。「長期の観測事例が蓄積している山地小流域のデータ」を解析しますと、資料のp.50に示されているように、降雨イベントの降雨総量と直接流出量との関係はたいへんばらつきます。そして降雨総量が同じであっても洪水流出総量が大きい場合は降雨イベント前に流域が湿っていた、例えば梅雨頃のような場合で、森林が貧弱であった場合であるわけではありません。夏にほとんど雨が降らなかった場合には、流域が乾燥し、その場合は、降雨総量が同じ場合であっても、当然、洪水流出総量は、梅雨頃の流域が湿潤であった場合に比べて少なくなります。
 竜ノ口山森林理水試験地北谷流域における降雨総量と洪水流出総量の関係を右の図に示します(文献はココ)。湿潤時のイベント(×)が乾燥時のイベント(〇)より大きくなることがよくわかると思います。
 したがって、裸地の場合の直接流出総量を森林流域におけるその値が大きい場合とみなす、と仮定するのは、あまりにも無理が大きいと言わざるを得ません。
 また、森林の洪水緩和機能が、草地など他の植生に比べて蒸発散量が多いことによるのだと考えたとすると、蒸発散量が大きいほど洪水緩和機能が大きいということになります。資料の第5章では蒸発散モデルに関する複雑な議論がなされていてわかりづらいのですが、皆伐や間伐などで森林植生を少なくすることで蒸発散量を減らすことが水資源涵養量を増やすことだとまとめられます。ですから、洪水緩和機能を図ろうとすると水資源涵養量を減らすことになるようになると思います。「あちらをたてればこちらがたたず」ということになりそうですが、手法の言いたいことは、「裸地に森林を整備して蒸発散を増やすことで洪水緩和機能を増進させるが、土壌保全を図りながら適宜伐採して蒸発散量を減らすことで水資源涵養量を増やすことを目指している」と解釈できます。
 たしかにそのように森林管理ができれば理想的かもしれませんが、漠然と「森林を適切に管理しなさい」と言われているだけで、具体策はなかなか思い浮かばないのではないでしょうか。農山村の現場では、人工林の盗伐や伐採後の伐り逃げなどが多発し、植林できてもニホンジカなどの食害で森林再生がむずかしく(ココおよびコ)、土壌をいかにして保全するか非常に苦心しておられます。したがって、水資源涵養量においては小面積の伐採によって蒸発散を減らすことが重要だというのはその通りだと思いますが、一方、森林の洪水緩和機能については、森林土壌の保全を図ることで洪水ピーク流量が高くならないようにすることの方がより重要ではないかと、私は考えています。蒸発散に特化して洪水緩和機能を評価するのは、私個人は賛成できません。
 最後に、日本学術会議の国土交通省への「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価」と題する回答にある、森林の洪水緩和機能の説明部分を引用しておきます(全文は学術会議当該WEB資料のココのP7にあります)。回答文にある「流出波形を緩やかにする機能は維持され、保水力として評価できる」とは、先に引用した「図-4」にあるようなピークを低くする森林土壌の働きを指します。
「森林の変化による河川流出への影響については、小試験流域における観測研究から、下記の知見が得られている。(中略)
・ 伐採などによって地上植生が減るとただちに蒸発散量が少なくなり、流出量が大きくなるが、土壌変化がないと規模の大きい洪水流出への影響は小さい。
・ 森林の保水力は、岩盤上の土壌層全体における雨水の貯留変動によるものであり、降雨がすべて洪水になるような規模の大きい出水であっても、流出波形を緩やかにする機能は維持され、保水力として評価できる。土壌が樹木の根によって斜面上に保持されており、健全な森林がその保持のために必要だからである。花崗岩のはげ山のように植生がない場合は土壌も存在できず、洪水流出量が非常に大きくなる。」