都知事選挙の結果を見て 2024/7/8

 昨日投開票が行われた都知事選における投票結果(右図)は、小池百合子が老年世代の代表、石丸伸二が若年世代の代表であることを示しました。蓮舫は、暮らしの悪化をもたらしている政治の野党による改善を期待する有権者でしょうが、老齢世代には多いが、20代以下の世代にはごく少ないという結果です。これに対して若年世代は、どのような政策が有効かという反応ではなく、こうした老年世代のビジョンの無さそのものに、反発ないしはあきらめの感覚を持っており、このことが若年世代の石丸支持をもたらしたのでしょう。
 ですから、永田町政治での改善を期待する若い人はほとんどおらず、その政治に反発する人は石丸に投票し、完全にあきらめている人は棄権するということだと思います。あきらめの気持ちを持つ人の一部は、現状維持の観点から消極的に小池に投票する人もあったでしょう。また、小池の学歴詐称をはじめとする権力者としてのさまざまな不適格性が指摘されても、あきらめが生じて怒りが生じないこと、この永田町政治との「無縁感」は、若年世代に限らず、多くの有権者が持つ者で、小池に有利に働いたはずです。
 結局、永田町から小池と蓮舫、ネットから石丸という構図なのですが、この構図には改善点が隠されてしまっているように思われます。蓮舫はリベラルを代表するようにみえるわけですが、出身母体の立憲民主党が米国に隷属した霞が関官庁の行政に飲み込まれている永田町政治のコップの中の左派を超えることは難しいでしょう。
 より良い未来を描いていた戦後の高度経済成長が止まって30年、誰もが自分の暮らしがより良くならないことを自覚して不安の念を抱いている現在においては、経済成長を建前として掲げる老年世代とこれにさまざまな形で反発する若年世代が描けます。しかし、そこに反発はあっても、若年世代を代表するような思想が欠けています。この点が重要なのではないでしょうか。
 老年世代が握る永田町政治と霞が関行政は、経済成長が完全に絵に描いた餅に過ぎない事態を政策に反映させることができず、結果的に、国民の暮らしをより悪くする政策を打ち出しています。例えば、消費税増加、インボイス導入、マイナカード強制、原発継続、都市再開発、過疎地の棄民、食料自給放棄、外交軽視、軍備増強等々。では、どうしたら改善できるか、そのビジョンを国民に説明できないだけではなく、そもそもわからなくなっているのではないか、というように私は推定しています。小池が代表する右派との永田町政局のコップの中の争いを超える目は必ずあるはずで、この新たな思想が若年世代の石丸支持層・棄権層への切込みができたとき、社会は変わってゆくのだと思います。